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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)6448号 判決

原告

晄陽子

被告

中西正

ほか三名

主文

一、被告中西正、同中西昭治、同竹原照光は各自原告に対し金五四四、六二九円および右金員に対する昭和四三年一月一日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一、原告の被告小柳克弘に対する請求及び被告中西正、同中西昭治、同竹原照光に対するその余の請求を棄却する。

一、訴訟費用は原告と被告中西正、同中西昭治、同竹原照光との間においては、原告に生じた費用の四分の一を右被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告小柳克弘との間においては全部原告の負担とする。

一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

一、但し、被告中西正、同中西昭治、同竹原照光において各自原告に対し金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは右それぞれの仮執行を免れることができる。

事実

第一原告の申立

被告らは各自原告に対し金一、五〇〇、〇〇〇円および右金員に対する昭和四三年一月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え

との判決ならびに仮執行の宣言。

第二事実

(原告の主張)

一、本件事故発生

とき 昭和四一年一〇月九日午後一時五〇分ごろ

ところ 吹田市金田町二五の一六番地先交差点上

事故車 小型四輪貨物自動車(大阪四に九六―七八号)

運転者 被告中西正

受傷者 原告(当時四〇才)

態様 原告が足踏自転車に乗つて東から前記交差点に入り、南へ左折しようとしたとき、南進して来た事故車が右側から衝突した。

二、傷害

本件事故により原告は左肩、背部、臀部、左下腿打撲傷、第一二胸椎骨折の傷害を負つた。

三、責任原因

被告小柳は事故車の所有名儀者、被告竹原は事故車の所有者で、これを事故当日に限り被告中西昭治に貸与した、被告中西正はこれを運転し、本件事故発生につき前・側方不注視・未熟運転・安全速度違反・徐行一時懈怠・交差点先入並びに左方優先無視の過失があつた。

故に原告竹原・同小柳・同昭治は自賠法三条の運行供用者として、被告正は民法七〇九条の不法行為者として、後記原告の損害を賠償する義務がある。

四、損害

(1) 逸失利益

原告は大正一五年五月一〇日生の主婦であるが、前記傷害による労働能力喪失の期間並びに割合は左のとおりである。

(イ) 自昭和四一年一〇月九日至同四二年一〇月八日(一二ケ月) 一〇〇%

(ロ) 自同四二年一〇月九日至同四三年一〇月八日(一二ケ月) 三〇%

(ハ) 自同四三年一〇月九日至同四八年一〇月八日(六〇ケ月) 一四%

ところで三人家族の家庭における家事労働によつて得られる財産上の利益は、家政婦代等より推定して月額二四、〇〇〇円以上と考えられるので右各期間の逸失利益額は次のとおりとなる。

(イ) 二八八、〇〇〇円

(ロ) 八五、〇八四円(四三年一月以降分はホフマン式計算により年五分の割合の中間利息を控除)

(ハ) 一七三、七七八円(ホフマン式計算により年五分の割合の中間利息を控除)

計金五四六、八六二円

(2) 慰藉料

原告は前記傷害により、昭和四一年一〇月九日より同月二七日まで一九日間入院し、同年同月二八日から同四三年一一月九日まで七四三日の間実日数一四三日の通院加療を要した他、なお治療を継続しているが、外傷にもとづく胸椎変形による腰背痛は生涯継続すると思われ、長く立つていたり、坐つていたり、同じ姿勢を続けたり、長い距離を歩くことは困難な状態である。又肩、上膊の神経痛並びに右手握力の低下が継続しており全治が望めない。特に事故後約一年は、手拭もしぼれず、重いものはさげられず、柵のものをとることも困難であり、眠れない等の症状のため家事労働不能であり、爾後も充分労働しえない状態が持続している。それで入院期間中は一日三、〇〇〇円の割で、通院期間中当初の三二二日は一日一、八〇〇円の割で、爾後の四一三日間は一日一、〇〇〇円の割で、更にそれ以降の分を五〇〇、〇〇〇円として慰藉料を計算するのが相当というべきところ、その計算の結果は金一、五三七、九一九円となる。

(3) 弁護士費用 金一〇〇、〇〇〇円

五、損益相殺

原告は自賠責保険金七〇〇、〇〇〇円を受領し、そのうち本訴請求外の損害に充当した分を除く残額金五五二、八六一円を前記損害に対し充当する。

六、内金請求

よつて原告は前記残損害の内、逸失利益三〇〇、〇〇〇円、慰藉料一、一〇〇、〇〇〇円、弁護士費用一〇〇、〇〇〇円計一、五〇〇、〇〇〇円を請求するものである。

(被告らの答弁及び主張)

一、被告中西正・同中西昭治

(一) 原告主張第一項本件事故発生の事実は、その態様を除きこれを認める。

(二) 同第二項傷害の部位程度は否認する。

(三) 同第三項については事故車は被告竹原から被告正がこれを借受けたものである。被告昭治は、被告正の右借受けに際して単に仲介の労をとつたに過ぎないものであるから本件事故の責任を負ういわれはない。

被告正の事故車運転上の過失は否認する。

(四) 同第四項損害額は争う。

(五) 本件事故の態様は次のとおりである。すなわち、本件事故現場はT字型交差点で、被告正は事故車を運転して北から南に向け同交差点に差しかかつたのであるが、(右交差点の手前(北方)約一〇メートルにもう一つ交差点があり、事故車は同交差点で一旦停止してのち、再び発進して僅かに一〇メートルを隔てた本件交差点に差しかかつたばかりであるので速度は余り出ていなかつた。)折柄原告の日傘が眼に入つたので(原告は日傘をさして自転車に乗つていた訳である)急拠急制動の措置をとり停車したところ、暫らくして原告が事故車後輪に追突した。

従つて本件事故発生については、被告正には何らの過失もないものというべきであり、むしろ原告に次のような過失が認められる。第一に、原告は左手にハンドルを、右手に日傘を持ち、しかも日傘を自転車前方にさしかけて前方の見とおしができない状態で運転していた。

第二に右の見とおし困難な状態で乗車していた結果、事故車に衝突するまでブレーキをかけなかつた。第三に、事故車の左側後部車輪附近に衝突しているところからみて、原告は、交差点に先入した事故車の進路を妨害したと推測される。第四に原告は左折するつもりであつたのに左側に寄つて徐行すべき法定の左折方法に反し、漫然道路中央部を進行していた。第五に事故車の進行路は原告のそれより広かつたのに、原告は広路優先の原則に反し事故車を回避しなかつた、本件事故発生は以上のような原告の過失にもとづくものである。

(六) 以上の次第であるから被告らは当然免責さるべきであるが、仮にそうでないとしても、大幅な過失相殺がなさるべきである。

(七) 休業補償については、仮に家事労働の収益性を肯定するとしても、原告の入院日数は一九日であり、代替者を雇用した事実もないのであるから、本件の場合これを認めるべきではない。仮にこれを認めるにしても、原告が全く家事労働不能であつた期間は三ケ月程度で、以後は家事に従事していたのであるから、右以後の期間は補償の対象とすべきではない。

(八) 被告らは、慰藉料及び休業補償として五七三、一三一円を支払いずみである。

なお通院実日数は当初の約一一ケ月間中一〇七日、以後の約一年二ケ月間中三六日である。

二、被告竹原

(一) 本件事故は、事故車が本件交差点の北角で一時停車して徐行しながら南進し、同交差点を通過しようとした際、その後部に原告自転車が突き当つたものである。

(二) 事故車は被告昭治の口添えにより、当日に限り無償で被告正に貸与したに過ぎないもので、被告竹原は、事故車の運転につき被告正を指揮支配すべき関係にはもとよりありえないから、保有者責任を負うべき筋合いはない。

(三) その余の点については被告中西らの答弁及び主張と同一である。

三、被告小柳

(一) 事故車の実際の所有者は被告竹原であるから、被告小柳は何ら本件事故の責任を負う関係ないというべきである。

(二) その余の原告主張事実はすべて不知。

(証拠)〔略〕

理由

第三理由

(被告正、同昭治及び同竹原との関係)

一、その態様を除く本件事故発生についての事実

当事者間に争いがない。

二、本件事故の態様

被告正は事故車を運転し時速約三〇キロメートルで南行して本件事故現場附近に差しかかつたが、原告が進行して来た東西道路の北側端線延長線上附近に至つて斜め左前方約四・二メートルに右東西道路から本件交差点に進出しようとしている原告自転車を発見し、急拠右転把すると共に急制動措置を講じたが及ばず、約七・八メートル走行した地点で約五・一メートルのスリップ痕を残して停車すると前後して、その左後輪附近に原告自転車が衝突転倒した。

一方原告は、左手で自転車の左ハンドルを操作し、右手に日傘をさして東西道路を自転車として普通程度の速度で西進し、東西道路から南北道路を左折すべく本件交差点附近に差しかかつたが、同交差点には往々自動車が停車していることがあるため、これを用心して稍進路を右にとり、東西道路中央部より本件交差点に進入しようとしたところ、斜め右前方約四メートルに南進して来る事故車を発見し、急制動措置を執ろうとしたが及ばず、そのまま事故車に衝突し本件事故発生に至つた。

なお事故車進路より左方(原告進行道路)、原告進路より右方(事故車進行道路)それぞれへの見とおしは相互に充分でなかつた。(〔証拠略〕)

三、責任原因

(一)  被告正

前認定の事実よりすれば、事故車から左方原告進行道路に対する見とおしはききにくいものであつたのであるから、運転者たる被告正としては、一時徐行し、右道路よりの交通の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り前同一速度で漫然進行した事故車運転上の過失があるというべきである。

(二)  被告昭治

当時の事故車の運行は次のような事情にもとづくものであつた。

被告正が結婚するについて、勤先である渡辺精機株式会社の社長にその仲人を依頼するため、同被告とその兄である被告昭治夫妻並びに訴外坂本が右社長宅に赴くことになつたが、被告正所有の車両では全員が乗車できず、しかも被告昭治の妻が健康を損つていて徒歩ではゆけないため、被告昭治と後記認定のような関係にある被告竹原からその所有の事故車を措用しようということになり、被告昭治、同正が被告竹原方に赴いて、運転資格を有する被告正が運転する了解のもとに事故車を措用し(被告竹原が被告正を相知つたのはこの時が最初である)、これに前記関係者四名が乗車して前記社長宅に赴く途次であつた。

なお、本件事故発生後、被告竹原は、損害保険会社の求めにより自動車貸与証明書を作成するに当り、名儀上の事故車所有者たる被告小柳の署名捺印を得て被告昭治に事故車を貸与した旨の証明書を作成している。(〔証拠略〕)

右認定のような被告竹原と同昭治の人的関係、事故車借出し並びに運行の経緯、事故後における貸与証明書作成の諸事実を綜合して考えると、事故車は被告竹原より被告昭治にその弟である被告正が運転する了解のもとに貸与されたものであり、かつ被告昭治は当時事故車の運行につき、その支配並びに利益を有していたものと解するのが相当である。

(三)  被告竹原

被告昭治は、明治電機株式会社に勤務し、電気設備関係業務に従事するものであるところ、被告竹原は、右会社の取引先として同社の担当者たる被告昭治と電気工事の発註並びにその工事の指示等につき日頃交渉があつた。(〔証拠略〕)

そうすると被告昭治と被告竹原は取引関係を通じた知人関係にあつたというべきであり、事故車貸与並びに運行の経緯は前認定のとおりであるところ、事故車の事実上の所有者が被告竹原であることは、同被告において明らかに争わないところであり、又事故車の貸与が当日限りの無償のものであつたことは当事者間に争いがない(従つて、前記目的に使用終了後は直ちに被告竹原に返還されることが予定されていたものというべきである)。

そしてそうとすれば、被告竹原が所有者として有していた事故車に対する運行支配運行利益は、前記貸与により被告昭治に排他的に移されたとみるべきではなく、右運行支配・運行利益は右貸与後も、被告竹原にもなお継続・残存していたものと解するのが相当である。

(四)  以上により、被告昭治、同竹原はいずれも事故車の運行供用者として自賠法三条により、被告正は民法七〇九条により、原告の蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

四、損害

(一)  傷害

本件事故により原告はその主張のとおりの傷害を負つたと認められる。(〔証拠略〕)

(二)  逸失利益

原告は当時四〇才の主婦であつたが、前記受傷のため、約三ケ月の間は全く家事労働に従事しえず、その後徐々に家事に従うようになつたものの、昭和四二年九月当時においてもなお、左右の上膊神経痛及び腰背痛等の頑固な神経症状が残存して充分な家事を行うには至らなかつたが、その後は次第に回復に向い、昭和四四年二月当時においては、概ねの家事を処理しうる状態になつた。尤も左手握力低下、腰背痛等の症状は充分に回復した訳ではなく、なおその症状の残存がある。以上の点より考えると、原告は右受傷三ケ月後から昭和四四年二月までの間(約二六ケ月)は、これを通じてみると平均二〇%程度の家事労働能力の喪失があつたものと認められる。(〔証拠略〕)

ところで、主婦が被害者である場合、家事労働そのものの収益性を肯定することは困難としても、その労働能力の喪失自体を一の損害として評価しうるというべきであり、その損害額の評価は、証拠上拠るべきその具体的個別的な資料に乏しい本件のような場合には、仮に右労働能力を有償に稼動せしめた場合に得らるべき対価(賃金)を標準として評価するのが相当と解せられるところ、そうとすれば、原告の労働能力は、月間少くとも原告主張のとおりの額程度には評価しうるものというべきである。

そうすると原告の損害は事故後三ケ月間の全損分七二、〇〇〇円、以後昭和四四年二月まで(二六ケ月)の二〇%喪失分一二四、八〇〇円計金一九六、八〇〇円となる。

(三)  慰藉料

原告は前記傷害を負い、昭和四一年一〇月九日より同月二七日まで一九日間入院した他、同月二八日から同四二年九月一四日まで三二一日の間に実数一〇七日、及び同年同月一五日から同四三年一一月九日まで四二一日の間に実数三六日それぞれ通院したが、なお前認定のような症状の残存があり、洗濯ものを絞つたり、左手で重いものを持つたり、同じ姿勢を持続したり、長距離の歩行をしたりに障害がある。又右のような障害のため、兎角家庭生活の円満にも支障を来すことが少くない(〔証拠略〕)。(なお、前記認容した逸失利益期間後の逸失利益については、その能力喪失割合及び継続期間について本件証拠上未だこれを確定するに足るものがなく、認めるに足らなかつたが、右残存の症状、障害に照らし、なお或る程度の労働能力阻害は否みえないと思はれるので、その点も慰藉料算定斟酌した)。その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると原告に対する慰藉料の額は金一、三〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

(四)  弁護士費用 金一〇〇、〇〇〇円を認める。(〔証拠略〕)

五、過失相殺

本件事故発生については、前認定のように、原告にも、右手で日傘をさして不安定な足踏自転車を片手運転し、見とおしの悪い右方道路への安全確認を怠り、法定の左折方法に違反して左折しようとした過失が認められる。(なお被告らの事故車の広路優先を主張する点については、南北道路の東西道路と交わる部分より北方の道路状況が必しも明らかでなく(〔証拠略〕)、右部分が変形交差点かもしくは交差点とは言えない広場の一部に含まれる疑いもあるがいずれにしても優先権は事故車にあると思われるので、この点の過失も考慮することとする)。而して右原告の過失に、前記被告正の過失の程度、及び事故車と被害車両の車種などを斟酌すると、前認定の原告の損害額より、その三割を過失相殺するのが相当と認められる。

被告らは、原告が日傘を自転車前方にさしかけて前方の見とおしができない状態で運転していたと主張するけれども、〔証拠略〕に照らし右主張はにわかに採用できない。

六、損益相殺

本件事故による損害の填補として、原告が自賠責保険金七〇〇、〇〇〇円を受領したことは原告の自認するところであるが、内金五七三、一三一円が前認定の本訴損害金に充当されたものと認められる。(〔証拠略〕)

(被告小柳との関係)

一、事故車の実質上の所有者が被告竹原であることは当事者間に争いがない。

二、被告小柳は事故車の登録名儀上の所有者であつた。右は、被告竹原が営業上の資金に困窮した際、高校時代の同級生であつた被告小柳が融資してこれを授けたことがあつたことから、その恩義を感じた被告竹原が事故車購入に際し、右融資金の返済履行を確保する趣旨でその登録上の所有名儀を被告小柳としておくことを申し出で、被告小柳においてこれを諒承したものであつたが、同被告として、事故車を右融資金の担保とするという程の明確な意図があつた訳ではなく、又これが使用は専ら被告竹原において行われ、その格納保管も同被告方でなされたものであつて、被告小柳は事故車の運行、保管については全く関知するところがなかつた。(〔証拠略〕)

そうすると被告小柳は、事故車に対する運行支配・運行利益ともにこれを有していなかつたものというべきであり、してみればその余の点につき判断するまでもなく原告の被告小柳に対する本訴請求は失当たるを免れない。

(結論)

被告正、同昭治、同竹原は各自原告に対し、前認定の損害額合計金一、五九六、八〇〇円から前認定の過失相殺分(三割)を差引いた金一、一一七、七六〇円より更に前記損益相殺分五七三、一三一円を控除した金五四四、六二九円および右金員に対する昭和四三年一月一日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。原告の被告小柳に対する請求は棄却。訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。

(裁判官 西岡宜兄)

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